和歌山家庭裁判所 昭和55年(家)125号 審判 1980年6月13日
主文
本件申立はいずれもこれを却下する。
理由
一 (一) 本件申立の趣旨は、「相手方両名は申立人に対し申立人と相手方良子との長男一太郎及び長女道子に対する親権行使を妨げる行為をしてはならず、且つ相手方良子は申立人との別居解消に至るまで申立人が長男一太郎及び長女道子を引取り監護することを認めよ」との審判、これが認められない場合は「相手方は申立人に対し、双方の別居解消に至るまでの間両名の長男一太郎及び長女道子を次の期間中申立人が引取り監護養育することを認めよ。
(1) 昭和五五年一月一日から同年三月末までの間毎週金曜日の午前一〇時から月曜日の午前一〇時まで。
(2) 同年四月一日以降毎週土曜日の午後四時から日曜日の午後八時まで及び長男一太郎の夏、冬、春の各学校休暇期間中はそれぞれその休暇開始日の午前一〇時から、夏期休暇についてはその三週間後、冬期、春期の各休暇については各その一週間後の応当曜日の午前一〇まで。との審判を求める、というのである。
(二) そしてその申立の理由の趣旨は、次のとおりである。
(1) 申立人と相手方良子は、昭和四七年一二月二日婚姻し、長男一太郎(昭和四八年一二月二〇日生)及び長女(昭和五〇年一二月六日生)をもうけ、円満な家庭生活を続けていた。
(2) 昭和五三年頃、申立人において英語教諭として勤務していた○○高校の職場におけるストレスが重つたこと等によつて飲酒を重ねる様になつたことから夫婦仲が悪化し、ついに翌五四年一月二日相手方良子は長男及び長女を連れて申立人のもとを去つて、上記相手方守方に身を寄せ、その後申立人が反省し素行を改め、度重ねて懇請するにもかかわらず申立人と同居しようとせず、一方的に離婚を主張するに至つた。
(3) しかも、相手方両名は申立人がいくら頼み込んでも、申立人が殊のほか可愛がり合うことを切望してやまない長男及び長女両名との面接を拒みつづけている。
(4) 申立人は、現在では○○○○○工業高校定時制の英語教師として真面目かつ熱心に勤務し、相手方良子との不和の主因となつた飲酒も慎しみ、昭和五四年一一月には学会で研究発表に名を連ねるなど、別居前の状況から完全に立直つている。
(5) 申立人は、長男一太郎を非常に可愛がり、男らしくのびのび育つよう教育的配慮を怠らず、相手方良子と不和を生じた時期においてすら長男の誕生日には一緒に祝うなどして子供らに対し終始配慮を尽くしていたのであるから、長男が申立人と会い、居を共にすることを嫌がることはあり得ないのであつて、仮に長男が父親に会いたくない如く述べたことがあるとすれば、それはむしろ相手方らが幼児に極めて不当非人間的な作為を施したことにもとづくものと解せられ、相手方らは申立人の手許から子供を連れ去り、一方的かつ不当な監護教育をし、相手方良子は正当な理由もなく別居生活を固執し、些細な申立人の過去の言動をあげつらつて円満な家庭回復の努力を放棄し、相手方らは申立人を子供達に会わせようとしないでいるのであつて、かかる常識と人情を欠く相手方らの教育方法や生活環境こそ却つて子供達の将来を誤まらせるとともに申立人の親権の行使を不当に妨害するものである。
(6) よつて、申立人は可愛い子供達の父親として相手方らにおける養育環境のまま今後長期にわたつて長男、長女が養育されることは黙視し得えないから、申立人がその親権を適正かつ円満に行使しうる状況を最少限度確保する為申立の趣旨のとおりの審判を求める。
二 よつて、審判移行前の調停事件における当庁家庭裁判所調査官の調査結果や審判手続における申立人、相手方両名の各審問の結果その他本件記録に存する各資料を綜合すると次の諸事実を認めることができる。
(1) 申立人と相手方良子は、昭和四七年七月頃申立人の職場(高校英語教師)の上司の紹介で見合いし、同年一一月結婚し、上記申立人肩書地の県営住宅に入居し、世帯をもち、長男一太郎及び長女道子をもうけた。
(2) 申立人はかねてから飲酒を嗜んでいたが、昭和五二年一〇月頃から次第に酒に親しむ度合が強くなり、昭和五三年四月に○○高校から○○高校に転勤するとますますその度が激しくなつた。
(3) 申立人は転勤後も、前任校との校風や職場の雰囲気の相違に深い考慮を払うことなく、依然前任校におけるが如き態度で勤務を続けようとしたため、周囲の者らと兎角摩擦を生じ同僚らと馴染み難く、同僚らから違和感をもたれる結果となり、申立人自身も孤立感を抱いて焦慮懊悩し、これから脱却しようとして飲酒に耽溺した。
(4) 申立人は、外で飲んできては家で飲み、さらに夜更けて外へとび出してさらに飲酒して泥酔して帰宅し、また戸外で酔余他人と喧嘩し、または家庭内で八つ当りして食膳をひつくり返したり、器物を投げつけるなどの乱暴狼籍を働くことを引きもきらず繰返し、さらに深酒のため答案採点が遅くなり、相手方良子に採点を手伝させたりすることなどが度重なつたばかりか、酒を呑んで学校を休み、そのため進学関係の事務に支障をきたし、生徒や他の先生から苦情の電話が自宅へかかつてくることもあつた。
その他住宅団地近くのスナツクに毎晩の如く入り浸り、酔つてはその店の客と喧嘩をし、店で乱暴するので同店から嫌われその店に行けなくなり駅近くの呑み屋に河岸を替えたが、同様な事態をしばしば引き起し、また近所の人にも酔余迷惑をかけ人の噂の的になるようになつた。
(5) 相手方良子は、結婚以来申立人の酒癖の悪るさに苦しみながらも、その事実を身内の者達に打明けることなく、長い間耐えて来たが、昭和五二年冬以降殊に非道くなつた申立人の酒癖の悪るさを独力では押え切れないことを悟り、それ以後申立人の実兄や相手方守らにこれを打明け、申立人に意見してもらつたり、また乱酔の現場へ取押さえに来てもらつたりしたが、却つて逆ねじを喰わされ、大声でわめき散らされて辟易する始末であつた。
(6) 昭和五四年一月二日の正月早々申立人は、酒に酔い理由もなく荒れ、食膳を蹴とばしたり、茶わんを投げるなど大暴れし、相手方良子を殴打し相手方良子に手非道い言葉を浴せ掛けたことが直接のきつかけとなり、相手方良子は子供二人を連れて実家である相手方守の上記肩書地の居宅へ戻つて行つたところ、同月五日もしくはその翌日頃申立人は独りで相手方守方へ大声で怒鳴り込んで来て、相手方良子が申立人方へ戻りたがつているのに相手方守がこれを妨げている旨大声でわめいて帰つた。
その後、申立人やその身内の者と相手方守及び相手方良子の妹婿らを交じえて申立人と相手方の身の処し方について話合がもたれたが、相手方良子は、その席上における申立人の言動には相手方良子が期待しているような申立人の生活態度の反省の様子が見受けられなかつた旨告げられて、申立人との離婚を決意するようになつた。その後申立人が長男に会うため相手方ら住所に来たところ、玄関先で隣近所へわざと聞えるように大声でわめきちらし、また相手方良子の妹と大声で口論するなどのこともあつて、相手方ら及びその身内者らとの溝は深まり、相手方良子はますます申立人に対する嫌悪感を強め、一層離婚の意思を強くするようになつた。
(7) 相手方良子は、昭和五四年五月一四日当庁に夫婦関係調整の調停を申立て、離婚ならびに子供達の親権者を相手方と定め、かつ、申立人が子供達に会わないでもらいたい、その代り離婚について財産的請求は何らしない旨強く主張し、申立人は従前の生活態度に非のあつたことを反省し改める旨を誓うと云いまた、相手方良子を女性の理想像であると称揚して離婚の意思の全くないことを強調したが、相手方良子は従前の申立人の生活態度や申立人の性格的偏倚の故にこれを全く信用せず、離婚の意思を翻がえさないので上記調停事件は昭和五五年二月八日不成立の理由によつて終了した。
(8) 相手方良子は、別居以来事件本人両名と共に父である相手方守の上記肩書住所に身を寄せ、妹婿の営む○○○○○○○会社の事務員として働き、長男及び長女を扶養しているが、父母の住居は広く相手方良子や子供らに十分の居室が与えられており、かつ、子供ら両名は上記別居直後より現住所地近くの幼稚園ならびに小学校にそれぞれ移り、格別のこだわりなく通園通学し、特に従前の住所地での生活をなつかしんだり、現在の生活を嫌う風はなく、相手方良子の勤務中は、相手方良子の母親や退職後職に就かずにいる相手方守らによつて身の廻りの世話をうけ子供ら両名共祖父母である相手方守夫婦らとの共同生活にとけこみ、物心両面において安定した日常生活を送つており、申立人を特別になつかしんだり申立人と暮し得ないことを特に苦痛とする風はなく、むしろ申立人との従前の生活中における申立人の乱暴な振舞の印象未だ消えやらず、申立人との面接や来訪をさけると云うよりこれを嫌悪している。
(9) 相手方守は永らく○○○県庁職員として勤務して退職し、現在では年金を得て現住所において配偶者と余生を送つているもので、その子である相手方良子及び孫である上記子供達を寄寓させて面倒をみ、申立人と相手方良子との離婚問題については相手方良子の離婚を肯定しているが、相手方良子や上記子供達らが自らの意思で申立人のもとへ復帰することを欲していないのであるから、相手方守において殊更これが復帰を妨げるが如き事跡はもとより存せず、ひいては相手方守が申立人主張のようにその親権の行使を妨害している事実は存しない。
三 申立人は相手方良子の別居以後、その父母の許に立戻り、同所で現にその父母や兄夫婦ら及びその子二人らと同居し、定時制高校英語教諭として勤務し、相手方良子の復帰を熱望し、長男、長女らに対する愛慕の情はなはだ深く、また従前に比し幾分飲酒を慎んでいることを認めることができ、また幼児期の子供達の健全な育成のために父親の接触薫陶が肝要であることはもとより云うまでもないことであるが、上記認定の諸事情就中相手方良子が別居するに至つた事情や相手方良子との離婚問題が未だ最終的に解決しておらず、相手方良子においてなお離婚の意思を堅持していること、申立人が上記子供らに与えた父親として好ましからざる且つまた幼児らの情操に悪しき影響をもたらすべき幾多の粗暴な振舞の印象全く消え去つたとは未だ認め難いことや、申立人が相手方ら住所に赴きもしくは交渉しようとして、却つて相手方らや上記子供らの反感や嫌悪感のみならず畏怖感をさえ抱かせる結果を招来していることなどの諸事情にてらすと、現時点においては相手方良子が上記子供らを伴つて申立人と別居し、また申立人による監護養育や面接の申出を拒んでいることをもつて申立人の共同親権の行使を不当に妨害しているということはできず、また敢えて申立人の手許に引取り監護養育させ、もしくは定期的に面接交渉させることを許す審判をすることは、相手方らの手許において母及び祖父母の十分な愛情と庇護のもとに安定した日常生活を送つている上記子供らの心情と生活に無用の困惑と混乱をもたらすに過ぎず、上記子供らの福祉に反するであろうことは察するに難くないところである。
そうすると、本件申立はいずれもこれを容認することは相当でないことは明らかである。
よつて、本件申立はいずれもこれを却下することとし、主文のとおり審判する。